⑧母が炊き込みご飯を作ってくれた日

介護

採用通知をいただいてから2週間が過ぎ研修を経ての実勤務が開始しました。当たり前ですがわからないことだらけの中での仕事は大変神経を使います。若いころのアルバイトのように何とかなるみたいな気持ちはなかなか持てません。迷惑をかけずに早く一人前になれるようにと思いが先行するのでなおさらかもしれません。

1日3時間45分の希望勤務時間や、月一の関東への渡航、希望休の許可まで融通してくれましたので何とか戦力になりたいとの思いでいっぱいでした。職場環境も悪くなく皆さん気さくで面倒見のよい人たちばかりでした。

そして二日目も終わり家に帰ると大変驚いたことがありました。

昼食にと母が炊き込みご飯を用意してくれていたのです。これだけでは「?」と思われるでしょうが半年ほど料理はできない状態だったのです。せいぜい味噌汁を作るのがやっと。認知症にて料理は出来なくなっていたと自分でも白旗をあげていたのです。甥に聞いても少なくとも半年以上は作っていないとのことでした。

ひと月前帰郷した際にはごみの仕分けはもちろんのこと、ゴミ出しの曜日すらわかっておらず、食後に3回薬を飲むことさえハードルが高い状況だったのです。

変化が起こったのは、2週間を過ぎたあたりからでした。
古い記憶を少しずつ思い出すようになってきたのです。

自分は初めて務めた会社のことや飼っていた猫のことなど、認知症は最近の記憶からなくなると聞いていましたが同じことも5回、6回繰り替えして伝えると記憶に定着するようになっていきました。難聴も日によっては調子がいいのかな?と思える日も増えていきました。

ゴミカレンダーを作りテーブルの上に置いておきました。今日は何のゴミの日で中身は何と何とわかるように明記してあります。日に幾たびも手に取り何度も何度も復唱していました。少し前までは新聞を見ないと今日が何日で何曜日かもわからなかったほどなのです。薬も飲んだら〇印をつけてわからなくなったら見返せるようにチェック表を作りました。三日目から何も言わなくてもできるようになりました。

日を追うごとに茶碗洗い、米を研いで炊飯、ゴミの仕分け、ゴミ出し、洗濯と意欲的にやるようになったのです。

そしてついに炊き込みご飯。てっきりレトルトの具を入れたんだと思っていたらそうではなく、具はベーコンと油揚げでした。なんとも変わった炊き込みご飯だと思いながら口に入れるとなんとも美味いのです。思わず味付けは何?と聞いてしまったほどでした。聞いた時には何入れたか忘れたと言っていましたがどうやら追いかつおつゆだったようです。美味すぎて三杯も食べてしまいました。

おそらく家事をし、仕事を始めた私を少しでも助けたいということだったのでしょう。また作ってよという私の言葉には照れながらもまんざらではない様子でした。本人も日々戦っているのだ、まだまだ症状が良くなるように見守っていきたいと思うのです。

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