退職して北海道の実家に戻ったとき、私は母の状態を「軽いもの」だと思っていました
北海道の実家へは、とりあえず4日ほどローテーションできる下着や衣類、洗面道具などをトランクケース一つにまとめ、貴重品はザックに詰めただけの簡単な荷物でした。
スニーカーも持って行きたかったのですが入りきらず、「実家だから何とかなるだろう」と半ば勢いで出発しました。
実家は24時間ストーブを焚きっぱなしなので、洗濯物は半日もあれば乾きます。結果的には、もっと少ない荷物でも十分でした。
同居してくれていた甥は、想像以上に頑張ってくれていました。
朝早い仕事にもかかわらず、自分と母の朝食を用意し、帰宅後は夕食作り。
そして例年稀にみる大雪の中での除雪作業。
休日には片道1時間以上かけて、父の入院する病院まで母を連れて面会に通っていました。
頭の下がる思いでした。
甥は、まだおむつの取れない頃から両親が引き取り育ててきました。
だから実の親と変わらない、と笑って言います。
40年近く離れて暮らしてきた私には、返す言葉がありませんでした。
今度は私が恩を返す番だ。
そのために帰ってきたのだと、改めて実感しました。
まずは食事の準備と雪かきを私の担当にすることにしました。
あとは少しずつ状況を確認していこう、と。
長年の一人暮らしとキャンプの経験が多少は役に立ちました。
美味しくするためのコツは、今やチャットGPTが教えてくれます(笑)。
人のために作る食事は、自分のために作るものとは少し違います。
母はかつて調理師資格を取り、老人ホームで働いていました。
けれど今は、味噌汁を作るのがやっとだと言います。
同じことを何度も言う。
同じことを何度も聞き返す。
テレビドラマを見て、「どうして毎日同じものをやっているのだろう」と不思議がる。
ごみの分別も曖昧になり、難聴も進み、大音量でテレビを見ています。
軽い認知症だと思っていました。
けれど実際は、そんなに軽くはありませんでした。
なんとも言えない思いが、胸の奥から込み上げてきます。
何度聞かれても、何度でも答えよう。
何度同じことを言われても、そのたびに相槌を打とう。
決して否定はしない。
そう心に決めました。



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