⑬母の難聴と、40年ぶりに並んで歩いた帰り道

シニア生活

母の聞こえが、ある日突然ほとんど失われました。
高齢者の難聴は認知症のリスクにもつながると言われています。

「補聴器を嫌がる」「聞こえないことを隠す」
そんな状況の中で起きた今回の出来事。

原因は思いもよらないものでした。

同じように悩んでいる方の参考になればと思い、記録として残します。

母は難聴です。

そして、難聴は認知症になりやすいとも言われています。

できることなら、人並みに近い聴力にしてあげたい。そう思うのですが、補聴器はどうしても怖いらしく、なかなかつけてくれません。

それでもこれまでは、なんとか意思の疎通ができるレベルではありました。

ところが、4日ほど前から急に聞こえが悪くなりました。
耳元で大きな声を出して、ようやく伝わるかどうか。

それでも母は「聞こえない」とは言わず、曖昧に相槌を打つのです。
きっと、聞こえないことを認めたくないのだと思います。


実は私自身も、耳のトラブルを経験しています。

鼓膜に水が溜まり、何度か切開手術を受けました。
今はチューブを入れているので日常生活に支障はありませんが、水が溜まったときの「聞こえない感覚」はよくわかっています。

あの時の感覚は、ただ音が聞こえないだけではありません。
まるで自分だけが世界から切り離され、取り残されたような孤独感です。

片耳だけでもあれほど不自由なのに、両耳が聞こえないとなれば――
母がどれほど不安で、心細い思いをしているのか、想像に難くありません。

「自分の聴力を半分分けてあげられたら」

そんなことまで考えてしまいます。


心配になり、半ば強引に耳鼻科へ連れて行きました。

普段から耳かきを渡してはいるものの、どうも使っていない様子。
もしかしたら耳垢が原因ではないか――そう思ったのです。

診察の結果は、やはり予想通りでした。

耳の中は、ガチガチに固まった耳垢で塞がっていたのです。

急に聞こえなくなったのは、おそらく入浴時に水が入り、それが引き金になったのだろうとのことでした。

聴力検査でも、骨伝導との聞こえ方に大きな差があり、耳垢が原因である可能性が高いとの診断。

「それなら除去しましょう」

そうなったのですが――

処置を始めてすぐに、先生が言いました。

「このままでは無理です」

耳垢が固まりすぎていて、簡単には剥がせない状態だったのです。
点耳薬で柔らかくしてから、改めて処置することになりました。

すぐにでも、この“音のない世界”から母を助け出したかった。
でも、焦ってもどうにもならないこともある。

また明日、再チャレンジです。


病院から家までは、1.8km。

行きはタクシーでしたが、帰りは「歩く」と言います。

普段ほとんど外に出ない生活。
体のためにもいいだろうと思い、ゆっくり歩いて帰ることにしました。

道中、母はふと立ち止まって言います。

「ここはいつもお花を飾って綺麗にしているのよ」

「あら、建て替えて綺麗になってる!」

杖をつきながらも、どこか楽しそうです。

その姿を見て、こちらまで嬉しくなりました。


考えてみると――

母と二人で並んで歩くなんて、いつ以来だろう。

少なくとも、40年は経っている気がします。


道ばたには、ふきのとうが顔を出していました。

「取って帰って食べるかい?」

そう聞くと、

「いらねー」

と笑いながら一言。

本当にいらなかったのか、
それとも私に手間をかけさせたくなかったのか――

それはわかりません。


歩きながら、私は何度も心の中で繰り返していました。

「40年近くも、放っておいてごめんな」


聞こえない世界の中で、どれだけの時間を過ごしてきたのか。

その一部でも、これから取り戻せたらいい。

そう思いながら、母の歩くペースに合わせて、ゆっくりと家までの道を歩きました。

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